GREETINGS ご挨拶


ご挨拶 ~お世話になっております、かけがえのない皆様へ~

 平素より皆様には大変お世話になり、誠に有難うございます。お蔭様で、有限会社匠屋は平成17年(2005年)3月3日より、本日で設立19周年を迎えることとなりました。これも偏に皆様のご支援とご厚誼の賜物と深謝申し上げます。20周年へ向け、社員一同力を合わせて邁進する所存です。

 2019年末より世間を翻弄し続けた新型コロナ感染症、いわゆるコロナ禍に私どもも翻弄されました。私どもは、イベント・コンベンション・展示会の企画・制作・運営・事務局代行を社業としております。屋内外、国内外を問わず、人の集まるところを生業の場とし、国際会議や国内学会、展示会、イベント等に奔走していた日々が、ある日突然霧散、消滅したのです。

 しかし、冷静に思い返せば、有限会社匠屋における危機体験はコロナ禍だけではありませんでした。2009年沖縄県宜野湾市、神戸市において日本初の豚インフルエンザによる死者が発生した時、私どもはまさに神戸市で学会運営を行っておりました。参加者全員マスク着用で全体写真を撮ったことは一生忘れられません。

 また2011年3月11日、東日本大震災が列島を襲ったその翌日、私どもは、横浜市中区海岸通にある横浜港開港以来の海の玄関口である大さん橋ホールにてイベント運営を行っておりました。東京都港区芝の有限会社匠屋より赤帽に同乗し、首都高経由で現場に向かう途中に見えた東京タワーのアンテナ部分が折れ曲がっていた姿に涙しました。そして、高速道を降りた途端、様々な所で道路が隆起と陥没を繰り返し、結局現場には車では辿り着けず、余震の続く中、現場近くより手運びで物品を搬入したことも一生忘れられません。

 そして今回のコロナ禍です。上記以外にもトラブルは日常茶飯事ですが、しかし私どもにとって決定的であったのは、人が一堂に会することを禁じられた状況であったということです。不要不急とまで言われました。また、私どもの自助努力だけでは、どうしようもなかったという冷徹な現実にも落胆させられました。東日本大震災以前の業況にやっと戻り、さあこれからという時に襲ってきたコロナ禍を私は許せませんでした。一部の業界、業態はなぜかうるおい、私どもの業界は真逆のあり様に唖然としました。しかし、諦めるわけにはいかなかったのです。ただ、それだけです。来るべき機会のために、必ず来る明るい未来のために、備えるしかありませんでした。

 一陽来復、よくない事の続いた後にいい事がめぐって来ること。私の好きな言葉です。

 私どもの仕事は、人と人が対面で集まる機会を創造することです。決してリモート環境を否定するものではありませんが、それに勝るのはやはりリアル、対面だと信じて疑いません。遠隔地に自ら出向くことで、仕事はもとより、現地のグルメや観光、交流など、楽しみと喜びは目白押しです。リモートでは決して達しえないことではないでしょうか。対面こそ王道。それは私どもの信念、未来永劫変わることのない信念、有限会社匠屋の存在価値です。

 20周年は、あくまで自社中心の目線、お客様には実は関係のないことです。少しでも長く仕事を続け、お客様、社会の役に立ちたい。私どもの原点、匠屋流を忘れず、「約束を守る」「変化に挑む」「気が利く」「あきらめない」「素直な心」を実践する。これらを日々の行動指針として、社員一同、先の読みづらい時代を歩み続けたいと思います。

 末筆となりましたが、変わらぬご愛顧とご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い申し上げます。これまで、匠屋を可愛がっていただき誠に有難うございます。

 本当に、いつも、有難うございます。

2024年3月3日



有限会社匠屋 代表取締役 中島 潤一郎

Copyright(c) 2005-2024 TAKUMIYA LTD. All rights reserved.